肺がん診療ガイド
患者さんのための
1.肺の構造と働き
肺は左肺と右肺に分かれており、さらに右肺は上葉、中葉、下葉の3つの肺葉に、左肺は上葉、下葉の2つの肺葉に分かれています。気管・気管支は、喉頭から肺への空気の通り道であり、細かく枝分かれして肺の末梢である肺胞に達します。気管が左右に分かれて肺に入る部分を肺門、肺門以外の肺の本体部分を肺野と呼びます。左右の肺の間には、 気管や食道、心臓があり、この部分を縦隔と呼びます。肺は胸膜という二重の膜で包まれており、内側の膜は肺の表面を包み(臓側胸膜)、外側の胸膜は胸壁に接しています(壁側胸膜)。肺の最も重要な働きは、 空気を介して体の中に酸素を取り込み、二酸化炭素を体の外へ排出することです。
2.肺がんとは
肺がんは、肺を構成する細胞が何らかの原因でがん化したもので、周りの正常な細胞をおしのけるように増殖します。 また、血管やリンパ管の中に入って全身に回り、転移することもあります。転移しやすい場所は、リンパ節、肺、 骨、脳、肝臓、副腎です。
3.肺がんの症状
肺がんに特徴的な症状はなく、無症状の場合で進行する場合も多くあります。咳嗽、喀痰、血痰さらには呼吸苦、胸痛などを呈する場合がありますが、肺癌以外の呼吸器疾患にもみられる症状ですまた、腰痛や背部痛などの骨転移による症状や頭痛や吐き気などの脳転移による症状がみられる場合もあります。肺がんの原因は、第一に喫煙習慣が挙げられ 、男性では 6~7割が原因と推計されています。しかし、非喫煙者でも発症し、特に女性の腺がんの割合が高いとされています。
4.肺がんの種類(組織型)
肺がんは、がん細胞の形や状態、発生母地等から、大きく「非小細胞肺がん」と「小細胞肺がん」に分けられ、さらに非小細胞肺がんは「扁平上皮がん」と非扁平上皮がん「腺がん」、「大細胞がん」などに分けられます。頻度は腺がんが過半数を占め、扁平上皮がんが約30%、小細胞がんが約15%の割合になっています。肺がんの種類(組織型)により、 病気の広がりや症状の出方、進行速度、治療の効きやすさが異なっていることから、組織型を知ることは治療や予後の予測に際して非常に重要です。
5.肺がんの進行度(臨床病期)
肺がんの治療をする場合には、肺がんの進行度(臨床病期も重要です。肺がんの進行度は、TNM分類といって次の3 つの因子の組み合わせでⅠ~Ⅳ期に分けられています。
T因子:原発巣の大きさや浸潤範囲
N因子:肺門及び縦隔リンパ節転移の有無
M因子:他臓器(遠隔)転移の有無
肺がんの臨床病期
Ⅰ期
原発巣(発生源のがん)の大きさが小さくリンパ節転移がない
Ⅱ期
原発巣がやや大きく、リンパ節転移がない、またはリンパ節転移が同じ側の肺門にとどまっている
Ⅲ期
原発巣の浸潤が周囲の重要な臓器に及んでいるか、リンパ節転移が広範囲に広がっている
Ⅳ期
脳、肝臓、骨、副腎 など他臓器に転移している。あるいは胸水がたまり、その中にがん細胞がみられる
各病期はさらに細かく分類されており、
Ⅰ期
ⅠA1、ⅠA2、ⅠA3、ⅠB
Ⅱ期
ⅡA、ⅡB、
Ⅲ期
ⅢA、ⅢB、ⅢC
Ⅳ期
ⅣA、ⅣB
に分類されています。
※小細胞がんの分類
小細胞がんの治療法を選択する場合には 、上記の分類と併せて限局型(LD)進展型(ED)の分類も使用されています。
限局型(LD)がんが片方:の肺や胸部にとどまっている場合
進展型(ED)がんがより広い範囲に広がっている場合
6.肺がんの診断
<確定診断>
肺がんの診断は、まず肺がんかどうか、肺がんであればその種類(組織型)の診断を行います(確定診断)。胸部XP、胸部CTで、病変の位置や広がりを確認し、気管支内視鏡や胸水穿刺、リンパ節穿刺などの検査により、組織あるいは細胞を採取して(生検、細胞診、顕微鏡による病理検査によって肺がんの診断を行います。また、内科的治療が必要な場合には、生検組織や細胞を用いて、遺伝子異常の分析及びPDL1抗原の分析を行います。生検や細胞診でも診断が得られない場合は、外科的に胸腔鏡を用いて、生検と切除を同時に行う場合もあります。
血液中の腫瘍マーカー(CEA、CYFRA、proGRP等)は、確定診断には用いられませんが、組織型や進展度を推定 することができます。
<病期診断>
肺がんの診断が確定すれば、肺がんの進行度の検査を行い、臨床病期を決定します(病期診断) 。リンパ節転移の状況や遠隔転移の有無を検索するために、PET-CT検査、 脳MRI検査等、全身検索を行うほか、原発巣の広がりも確認します。
<全身状態の評価>
肺がんの診断に加えて、治療の際に問題となる全身状態の評価も行います。心電図検査、肺機能検査、血液検査などにより、 心臓、肺、その他全身の臓器をスクリーニングして、問題となる合併症がないかどうかを検討します。
7.肺がんの治療
肺がんの治療方法には、外科治療、放射線治療、薬物治療、緩和ケアがあり、それぞれ併用されることもあります。
<外科治療>
非小細胞肺癌のⅠ期、Ⅱ期及びⅢ期の一部、小細胞がんのⅠ期は外科治療の対象となります。外科治療は、手術によって癌を切除します。がんの発生している肺葉を切除し(肺葉切除)、あわせてがんの転移の可能性の高いリンパ節も切除(郭清といいます)することが標準的です。状況によっては、大きく切除したり(拡大手術)逆に小さく切除(区域切除、部分切除などの縮小手術)したりします。
手術は全身麻酔で行われ、胸腔鏡というビデオカメラを肋骨の間から挿入してテレビモニターで観察しながら行う胸腔鏡下手術(VATS:video assisted thoracic surgery)を行うことがほとんどです。また、2018年4月より、ロボット支援の保険適用が拡大され、肺がん手術でも行われるようになりました。
切除された肺とリンパ節は、病理検査を行い、肺がんの組織型や広がり、リンパ節転移の有無などについて、病理学的な診断を行います。術後の病理検索によって臨床的な診断の確認を行い、再発のおそれが高い場合は、抗がん剤による 追加の補助療法(術後補助療法)を行うこともあります。手術後は、再発がないかどうか、定期的なフォローが必要です。
<放射線治療>
放射線治療は、放射線を照射することによりがん組織を、消滅させたり、小さくする治療方法です。がんの治癒や進行の抑制に使われるほか、がんによる身体症状の緩和や、延命にも使用されます。細胞障害性抗がん剤と併用することもあります(放射線化学療法)。非小細胞肺がんでは、臨床病期Ⅰ~Ⅲ期で手術が難しい場合に、治癒を目標として行われます。また、非小細胞肺がんのⅡ期、Ⅲ期には、抗がん剤と併用する化学放射線療法が行われます。また限局型の 小細胞肺がんも放射線化学療法の適応となります。
<薬物治療>
外科治療や放射線治療の適応にならないⅢ期の一部やⅣ期は、内科的な薬物治療の対象となります。肺がんの薬物治療 には、大きく分けて抗がん剤(細胞障害性抗がん剤)、分子標的剤、免疫チェックポイント阻害剤の3種類の薬剤が使用され、併用される場合もあります。
1)抗がん剤(細胞障害性抗がん剤)
従来から使用されている薬剤で、増殖しているがん細胞を直接攻撃します。がん細胞だけではなく、正常細胞にも影響をなく、正常細胞にも影響を及ぼすため、嘔気などの消化器症状や及ぼすため、嘔気などの消化器症状や脱毛、脱毛、骨髄抑制などの副作用骨髄抑制などの副作用を伴います。以前は細胞障害性抗がん剤同士の併用療法が主流でしたが、最近は免疫チェックポイント阻害剤との併用療法が標準治療になるとともに、いろいろな薬剤の組み合わせの治療が研究されています。また、血管内皮増殖因子(VEGF)を標的する血管新生阻害剤との併用も標準治療のひとつとなっています。
2)分子標的剤
がん細胞の発生・増殖に関与する遺伝子(ドライバー遺伝子)に異常を持つがん細胞を攻撃する薬剤です。生検検体や手術検体のがん組織から、遺伝子の分析を行い、異常な遺伝子が陽性であれば、その遺伝子異常に効果のある薬剤を投与します。日本人において最も頻度の高い遺伝子異常はEGFR遺伝子変異で、肺腺がんの約半数で陽性となります。また、頻度は低くなりますが多くの遺伝子異常が分析可能になってきており、各遺伝子異常が一括して分析可能なマルチパネル検査が普及して、多くの遺伝子異常が発見可能となってきています。また、分子標的剤の中には、血管内皮増殖因子(VEGF)を標的としてがん細胞の増殖に必要な血管新生を抑える血管新生阻害剤があり、細胞障害性抗がん剤や分子標的剤と併用したり、単独で投与します。
3)免疫チェックポイント阻害剤
がん細胞には、リンパ球などの免疫細胞の攻撃を逃れるしくみ(免疫チェックポイント)がありますが、免疫チェックポイント阻害剤はその仕組みを解除して、がん細胞に対する免疫細胞の攻撃を回復させる薬剤です。がん組織におけるPD-L1抗原の高発現例で効果が高いとされ、当初はPD-L1抗原高発現の肺癌に使用されていましたが、最近では細胞障害性抗がん剤と併用することにより、より優れた効果を得られることが報告され、標準治療のひとつとなっています。また、しばらく小細胞がんに対する効果は明らかでありませんでしたが、小細胞がんの治療においても
細胞障害性抗がん剤との併用効果が高いことが報告され、標準治療となっています。
【 治療方法の選択 】
治療方法の選択に際しては、肺がんの種類、病期、遺伝子異常の有無、PD-L1抗原の発現等腫瘍側の因子のほか、年齢や合併症、全身状態等を考慮して決定されます。
〇非小細胞肺がんにおける 治療選択
非小細胞肺癌では、臨床病期Ⅰ期、Ⅱ期、Ⅲ期の一部は通常外科的切除術を選択します。Ⅲ期の一部とⅣ期では、内科的薬物治療が選択されます。また、Ⅲ期の一部では、放射線治療と薬物治療の併用が用いられることがあります。
〇小細胞肺がんにおける 治療選択
小細胞がんでは、臨床病期Ⅰ期では外科治療が選択されます。外科治療が難しい小細胞がんの限局型では、通常、放射線療法と抗がん剤による化学療法との併用を検討します。進展型では、内科的薬物療法が選択されます。
<緩和ケア>
緩和ケアは、がんに対する積極的な治療とは別に、患者さんの生活の質をよくすることを目的に、がんに伴うさまざま 苦痛に対して治療、ケアを行います。がんに伴う苦痛の中でも、身体的苦痛への対応がもっとも重要であり、がんの浸潤や転移による痛み、激しい咳嗽や呼吸困難、倦怠感などに対し、苦痛をとることを目的に専門的治療を行います。 また、告知に伴う精神的ショックや療養に伴う不安や落ち込み、恐れなどの精神的苦痛や病気による収入減や休職などの社会的苦痛などに対して、医師ばかりでなく、看護師、薬剤師、ソシアルワーカーなど様々な職種の専門家が患者さんによりそって、サポートを行います。
8.肺がんの予後
がんの予後をあらわすのには、 診断から5 年後の生存率である相対5年生存率が一般に用いられています。国立がん 研究センターが公表しているがん登録センターの全国集計(2013年~2014年診断例)では、肺がん全体で44.5%、Ⅰ期が83.3%、Ⅱ期が52.7%、Ⅲ期が28.3%、Ⅳ期が7.1%となっています。
組織型で分けると、非小細胞肺がんでは、全体で47.7%、Ⅰ期84.1%、Ⅱ期54.4%、Ⅲ期29.9%、Ⅳ期8.1%、
小細胞肺癌では全体で11.6%、Ⅰ期44.7%、Ⅱ期31.2%、Ⅲ期17.9%、Ⅳ期1.9%と報告されています。